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INTERVIEWテクノロジーとアート思考が、
野心的な建築をつくり、都市を面白くする

Profile

五十嵐太郎建築史・建築批評家

1967年生まれ。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナー、「窓学展-窓から見える世界-」「インポッシブル・アーキテクチャー」の監修を務める。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2018年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『ル・コルビュジエがめざしたもの-近代建築の理論と展開-』(青土社)、『モダニズム崩壊後の建築―1968年以降の転回と思想-』(青土社)ほか著書多数。

複雑高度化した東京では、かつてのような巨大建築をつくることは困難を極めます。不可逆的な時代のなかで、メタボリズム建築に回顧するだけではなく、デジタルテクノロジーを活用した最先端の手法を採用することが本格化しました。また、アーティストの自由な思考は、停滞感を打ち破るものとして注目されています。
ICF2019では、「都市と建築の新陳代謝」と題し、建築家やアーティストと共に、複雑化した都市をどのように更新していくのかを議論します。そこで今回、ファシリテーターを務める五十嵐太郎氏に、建築史という観点からの日本の課題について尋ね、さらに、テクノロジーやアート思考がどのように都市・建築の発展に貢献するのか、ICF前に解説いただきました。

時代を超越していくような、野心的な建築が東京に登場してほしい

建築の歴史には、法制度やコストなどが理由で、完成に至らなかった「アンビルト建築」が数多く存在します。都市や建築の歴史学を専門とする私は、それら未完の建築の持つ優れたアイデアや新しい技術を振り返ることで、逆説的に建築の可能性を見られるのではないかと考え、2019年2-3月に「インポッシブル・アーキテクチャー展」を開催しました。そこでは、超高層化する時代に抗った磯崎新氏の「東京都新都庁舎計画」、まだ記憶に新しいザハ・バディド氏の「新国立競技場」など、迫力あるアンビルド作品の模型を展示し、建築の未来像を共有できる場をつくったのです。

インポッシブル・アーキテクチャー展で伝えたかったのは、未来を創造する力、斬新な都市空間を構想する力が少しずつ萎んでいるのではないかという危機感です。昭和、平成、そして令和と、都市が造り上げられてきたからこそ、新しく斬新な建築が実現する余地は小さく、特に東京みたいに完成されている都市では難しいと思います。バブルまでは、都内にも大型の公共施設で面白いこともできていましたが、それ以降は時代に沿うような無難な建築物が多くなった印象です。東京は資金を持っているはずなのに、実験的というか野心を持った建築に挑戦しないのはもったいないと思うんです。

一方、世界中のグローバル都市では、強烈なキャラクターを持った建築がどんどん作られています。アイコン建築と批判されますが、都市のアイデンティティを力強く放ち、多くの観光客を世界中から引き寄せています。そういった点では、ザハ・ハディド氏の新国立競技場のようなインパクトのある建築物が中止となったのは非常に残念でした。

実は今、学生の卒業設計を見ても、細やかで繊細だけど、スケールの大きなものを避ける傾向にあります。新しい試みに対して、出る杭は叩かれるような閉塞感が、トップ建築家のみならず学生にも及んでいると思うとさみしい気持ちになりますね。そういう危機感を昇華させる形で開催したインポッシブル・アーキテクチャー展を見た学生たちが、今年来年とどういう卒業制作をつくるのか気になります。

建築の未来を今後変えていくテクノロジーは新素材とデジタル

建築物を近代以前と近代以後を分けると、2つの大きな変化があります。一つは建物を作る素材が変わりました。以前は、環境の制約をうけて、建築物は木造や石造りと地域ごとに異なっていたものが、近代以後は、鉄とコンクリート、ガラスといったものが発明されたことで、どの環境でも同じ素材を使用することが可能になりました。もう一点は、空調などの環境を制御する機械の発達により、砂漠でも日本でも、どんな気候下でも同じ形の建築物が成立できるようになりました。これは、テクノロジーが大きく建築を変えたと言えますし、今後コンクリートや鉄ではない、全く別の素材が普及すれば、建築は全く変わるでしょう。

そして、もう一つ重要なテクノロジーの要素は、デジタルです。コンピュータが設計案などを割り出して建築する「コンピュテーショナルデザイン」といった、新しい概念でつくられる建築が実現しつつあります。また、コンクリートブロックを積むドローンや、そのまま家をつくれそうな大きな建材をつくる3Dプリンターが試行され、建築の造り方を抜本的に変えるのではと期待が高まっています。今回のICFでは、デジタルを用いた最先端テクノロジーの事例を実践する建築家を複数名招待します。

例えば、コンピュテーショナルデザインの日本での第一人者である、豊田啓介さん。彼は、安藤忠雄建築研究所ではアナログの建築の世界を、コロンビア大学大学院以降はデジタルの世界を探求し、アナログとデジタルをつなぐ、日本では異色の建築家です。その制作活動は、プロダクトデザインから都市まで多分野におよび、2025年の大阪万博に招致計画時からアドバイザーとして関わっていることも注目されています。万博期間中は、通常の法制度とは異なるため、普段は許可が下りない都市計画や建築が可能で、スマートシティを想定した思い切った実験ができるのが魅力です。豊田さん自身、スマートシティを進めるグーグルやアリババのようなテクノロジー企業が日本にないことを客観視したうえで、この万博を起爆剤に、日本らしいスマートシティを手繰り寄せる契機にしたいと考えているようです。どのような実験都市を万博で構想しているのか、非常に興味深い話です。

都市の新たな景観をつくるのは、アーティストの柔軟な発想

建築や都市を変えていく要素として、テクノロジーと共に期待できるのが、アーティストです。アーティストは建築家とは発想や都市への切り込み方が違うため、彼らから得られるインスピレーションは大きく、これからの都市計画における隠れたキーパーソンです。

今回のセッションには、現代美術家の会田誠さんにも参加いただく予定です。会田さんは、都市に対する独自の考えを、今までも何度も作品に昇華されてきました。例えば、2001年に発表された架空の都市計画『新宿御苑大改造計画』では、御苑内に渓流を走らせたり、日本固有の品種を優先し、品種改良で作られた植物は苑外に移植したりと、公共空間に対するさまざまな問題提起をされています。この11月に森美術館で開催する「未来と芸術展」でも、中央官庁が集まる霞が関上空に、長崎の出島を模した空中空間を作り、「国際人かつ、立派な人物しか入れない」特区、『NEO出島』を展示します。また、インポッシブル・アーキテクチャー展でも、山口晃さんの『新東京名所東海道中「日本橋 改」』を会田さんがアレンジした「シン 日本橋」を展示しました。

オリジナルである『新東京名所東海道中「日本橋 改」』も、都市計画に携わる人にとっては非常に含蓄のあるアート作品です。作品では、現在の日本橋と首都高の上に、歌川広重の浮世絵を思わせる、木造の太鼓橋が描かれています。これは、首都高は日本橋の景観に相応しくないという一般論に対して、昭和時代のレガシーである首都高を尊重する姿勢をとり、最上部に古典的な木造の橋を設けることで、日本橋の歴史を俯瞰的に体感できる場にしようと試みています。構造的な実現性はないけれど、都市計画家や建築家の凝り固まった考えとは全く違うところから発想されている点が素晴らしく、もし実現すれば、時代ごとの建築物を重ねるという日本人の歴史観にも則したものとして間違いなく観光名所になるでしょう。

私自身、現代アーティストの彦坂尚嘉さんが提唱した「皇居美術館」構想を書籍にまとめたことがあります。これは、その名の通り、天皇が京都御所に帰還し、皇居の敷地内に巨大美術館をつくるというものです。一見、荒唐無稽に聞こえますが、グローバル都市を顧みると、パリにはルーブル美術館、ニューヨークにはメトロポリタン美術館のように、1日では回り切れないほど巨大な美術館があります。不思議なもので、普段アートに触れてない人でも、それらの美術館には足を運んでいるんですよね。芸術都市・観光都市としての東京に新たな視点を持ち込めたのではないかと思っています。

こうした作品は、ともすると馬鹿馬鹿しいようでも、建築界だけでは到底思いつかないアイデアです。アーティストは日常の風景を変えるような、未来を構想する力を持っています。停滞している日本の建築や都市計画に大きな活力とインパクトを与えるうえで、彼らの参画はすごく大事なものだと思いますね。

Leader’s GLOBAL EYES

2019年3月に、ソウル市長の肝いりでオープンした『ソウル都市建築展示館』を訪れました。ソウル市役所の向かいという一等地にあるこの展示館は、都市計画の進捗や、それぞれのコンセプトを市民にプレゼンテーションするのが目的です。実は、シンガポールや北京、上海にも同様の展示館があります。税金の活用法をきちんと見せるという意味で意義深いものです。

2019年6月にフランス・モンペリエで竣工した、建築家・藤本壮介さんの集合住宅も、民間のプロジェクトでありながら、コンペ審査員に市長や行政の都市計画担当者がいたと聞きました。建築がその都市の価値を高めるものでないと許可を出さないとのことで、行政が建築のポテンシャルを引き出そうとする姿勢に感動しました。

日本でも、横浜市が先行して都市デザイン室を設置したり、街全体のデザインを管理する「タウンアーキテクト」という職能の必要性が問われたりしました。ですが、行政が建築や都市のクオリティを上げることに積極的に関わり、都市計画の側面で建築をコントロールするのではなく、建築の魅力を高めるような感性が育まれることが今後より一層必要だと思います。

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