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INTERVIEWアーティストや科学者と考える、
脱・人間中心主義の都市づくりと倫理観のアップデート

Profile

塚田有那編集者/キュレーター

世界のアートサイエンスを伝えるメディア「Bound Baw」編集長。想像力を拡張するプラットフォーム一般社団法人Whole Universe代表理事。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、サウンドアーティストevalaによる「See by Your Ears」のディレクターとして様々な音と都市のプロジェクトを展開。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(BNN新社)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。
http://boundbaw.com/

最先端テクノロジーは都市空間全体から個人の倫理観をも変容させつつあります。ICF2019の「未来と芸術展 Session」では、「ライフスタイルと身体の拡張」と題し、テクノロジーによって変わる環境と倫理観について、アーティストや科学者たちと議論します。今回、モデレーターを務める塚田有那氏に、シンガポールで進む最新のプロジェクトを紹介いただきながらアーティストの都市づくりにおける役割についてインタビューしました。また、ユニークな登壇者の顔ぶれから、倫理観をアップデートする場となり得ると期待されるセッションについても解説いただきました。

美術館を飛び出して都市空間で実装されるとき、アートの新たな未来が拓かれる。

アートとサイエンスの交点に可能性を感じて、専門メディアの運営、書籍の編集・執筆、そしてアートイベントの企画と、編集者・キュレーターとして10年間活動してきました。きっかけとなったのは、2009年の科学未来館での、音楽家・高木正勝さんと脳科学者・坂井克之さんとの対談です。高木さんが、「ピアノを弾いている時、宇宙に繋がっている気がする」とスピリチュアルな雰囲気漂う発言をすれば、脳科学者が「実はそうなんです。脳のメカニズムとして・・・」と、科学的に解きほぐす、その呼応する2人に知的興奮を味わったのが始まりでした。それをきっかけに、若手科学者とサイエンスコミュニケーション活動「SYNAPSE」を始動しました。

当時は、アートの新しい楽しみ方をサイエンスが与えてくれる、アート・デザインによってサイエンスの魅力を多くの人に届けられる、といった側面に魅了されていました。ただ最近は、理性的なアプローチ、例えばテクノロジーを駆使したような課題解決の限界を感じるときに、情動的なアーティストが活躍できるのではと感じることが多くなりました。サイエンスやテクノロジーとアートが入り交じる環境にこそ、新たな価値創造の可能性があると思うんです。

その一方、現在のアートやメディアのあり方について違和感を憶えることもあります。デジタルテクノロジーを活用した視覚系の作品がもてはやされ過ぎではないかと。極論、光っていれば最先端の作品といったような、メディアアートを矮小化しかねない認識が広がりつつあるように思います。私はこれだけデジタルテクノロジーが浸透した社会だからこそ、もっと既存の枠組みを超えたところにメディアアートの可能性があると思います。例えば、そのフロンティアの1つが都市空間。美術館内に留まることなく、街なかにアート作品が展示・実装されることで、作品そして都市の両方の価値を発揮できると思っています。

脱・人間中心主義を目指すこれからの街づくりに、アーティストが必要

興味深い事例として、現在シンガポールの都市計画のアート構想にも一部携わっています。この計画は、サウンドアーティストevalaのプロジェクト「See by Your Ears」に依頼があり、シンガポール西部の未だにジャングルが生い茂る開発エリアを使って、音から新たな都市の姿を構想しようとするもの。目には見えない「音」のアート作品が、人々の情動や感性を触発することができるのではないかと。これは計画を推進されている方がevalaの作品を体験してオファーに至ったという経緯があり、こうしたアーティストが主導になって公共空間を創造する新たなカルチャーをもっと生み出していきたいと考えています。

プロジェクトを進めながら確信するのは、人間は、都市や地球全体において人間中心に考え過ぎてきて、そこからもう脱しなければいけないということ。今、環境問題について真剣に考える機運が世界的に高まっています。例えばカフェ等でプラスチックストローを渡されたときに、生理的に受け付けないという感覚は拡がりつつあるのではないでしょうか。特に欧州だと顕著ですが、日本は遅れていますよね。また、生活者よりも、企業や都市はさらに遅れている気がします。

「環境創造都市」。これは、私が仲間とつくった造語なのですが、最適な環境を最新の技術と素材で自らつくり出し、また常に人々の想像力が、人間以外の生命や自然にまで拡張され、あらゆる生態と共存していける都市を表しています。今までの都市づくりは、自然と人工という二項対立のなかで、人工物をいかにマネジメントするかに主眼が置かれていたように思いますが、その境界で新しい世界を創り出すことが必要なのではと思います。そうしたとき、自然と人工とを有機的につなぐことを軽やかに試みるアーティストやクリエイターの発想が貴重なのです。

科学者やアーティストと共に、人間の本質・生命の意義を見つめ直すICF 2019

ICF2019では、テクノロジーが主導する変化にフォーカスを当てた「未来と芸術展 Session」にて、私は「ライフスタイルと身体の拡張」というテーマの分科会をモデレートします。都市の最小単位とも言える個人に着目するかたちで、人間の本質、そして未来社会の可能性について、科学者やアーティストと共に、多様な問いを投げかけたいと考えています。

情報学の研究者であるドミニク・チェンさんは、日本的ウェルビーイングを探求する第一人者で、Wired日本版の「デジタル・ウェルビーイング」特集に寄せた論考記事も話題になりました。生命をコンピュータ上でつくりだす「ALife(人工生命)」にも精通するため、モデレーターとしては、彼から人間の本質に迫る鋭い問いを引き出したいですね。

アート畑の長谷川愛さんは、バイオアートなど生物学的テクノロジーや知識から着想を得た作品群が有名です。例えば、イルカの絶滅危惧への問題意識から、ご自身がイルカの代理母になるという発想に至り、それを作品にした『私はイルカを産みたい…』など、倫理観を揺さぶるようなアプローチが特徴的で、脱・人間中心主義の議論が深められると期待しています。

当日は、テクノロジーが主導するポジティブなものに目を向ける一方、倫理にはひときわ気を配りたいですね。というのも、議論が沸き起こっている「あいちトリエンナーレ」の主題である「情の時代」という言葉のとおり、今の私たちは情報によって感情が煽られ、翻弄され、分断されつつあります。既存の価値観のままでは、対立構造は変わらないんです。世界には今、それを克服できるような新たな倫理観が必要だと感じています。

でも、日本語で倫理と聞くと、なにか上から押さえつけるようなイメージがありませんか。実は、私も以前はそう感じる部分がありました。ですが、昨年の人工生命国際会議での、池上高志さんの「みんなが気持ちいいと思えるもの、それが倫理」という言葉に共感して以来、私自身すごく自由に考えられるようになった気がします。

実際的な話では、JST(科学技術振興機構)が主導する研究領域「人と情報のエコシステム」にてメディア制作と研究会を推進しています。これはAI時代の倫理や社会のあり方を問う研究領域であり、これからの情報社会とどう向き合っていくかを様々な方法で考えるきっかけとして、マンガ制作なども行っています。

また、サイボーグ技術の開発を行っているロボットベンチャー・メルティンMMIが立ち上げた「国際サイボーグ倫理委員会」にも参画する予定です。今回のICFでも同社CEOの粕谷さんが登壇されますが、サイボーグ技術が今後もたらすインパクトとビジョン、そして未来の価値について協議できるのが楽しみです。

もちろん、倫理観をつくっていくうえで、議論するだけでは不十分です。ただ、欧州の近代化に、多様な専門家が心ゆくまで会話を重ねたサロンが貢献したと言われるように、議論から始められることも十分にあります。そういった意味では、色んな人が一堂に会して、知見を交換するICFは貴重な場になると思いますし、是非多くの方に参加いただきたいですね。

Leader’s GLOBAL EYES

シンガポールは、限られた土地、高温多湿な気候といった環境の中で、クリエイティビティを発揮しようとする人や文化が育まれているように思います。例えば、緑化や自然空調に配慮した建築も増えていますし、環境負荷を低減させるためにテクノロジーを都市空間に持ち込もうとするスタートアップなどの企業活動も盛んです。一見すると人工的な都市のイメージですが、手つかずの自然もまだあり、自然と人工のはざまにある新しい世界をもっと創り出すのではと期待しています。

インタビュー一覧