激動の時代の最前線で、テクノロジー企業が都市空間の運営者に。
昨年、世界経済フォーラムのシュワブ理事長は、日本の総理官邸を訪れ、「2018年は過去の10年で最も変化の激しい1年でしたが、もし10年後に振り返ったなら、最も変化の乏しい1年と言われるでしょう」と語りました。まさに、激動の今を端的に表した言葉です。そして、2019年にも同様のことが言えると思います。今世界ではただならぬことが起きているのです。
それを物語る印象的なシーンが、2019年6月に中国・大連で行なわれた夏季ダボス会議にありました。今までなら、大物の大統領や大企業のCEOが1,000人の前でスピーチするのが通例でしたが、今回は会場に幾つも設けられた40人規模の小さな箱に分かれて、1人ずつ課題意識をプレゼンテーションしたんです。ダボス会議のこの変化から、ビッグシンカーの声に耳を傾けるだけでは急速な時代変化に対応できないという、時代のメッセージを私は痛感しました。
背景にあるのは、やはり急速なテクノロジーの発展です。テクノロジーは社会システムそのものを変えました。しかし、未だ法規制などはその変化に順応できていないというのが現状です。例えば、かつては政府のお墨付きのあるホテルや旅館しか安心して宿泊できないものでしたが、air-bnbの登場以降、宿泊者の口コミや採点といったレビューデータによって政府のお墨付きは不要になりました。既存の法律の中に括りきれない、新しい経済の誕生とも言えます。
テクノロジー活用の急先鋒は中国でしょう。昨年、中国・杭州にあるアリババの本社を視察しました。驚いたのは、アリババが収集した杭州市の自動車運行情報が、本社玄関の巨大スクリーンにリアルタイムに表示され、さらにそのビッグデータをAIで処理して交通信号の最適化を行っていること。その結果、市内の混雑率は2割低下し、救急車が出動してから現場に到着するまでの平均時間も半分に短縮されたという素晴らしい成果が出ています。20年前はただの通販サイトでしたが、中国国内だけで7億人が使うスマホ決済事業を軸に膨大な決済データを収集し、都市空間の運営者となりました。
実装を見据えた都市政策と分野横断的な議論が、日本の都市をイノベーションする。
かたや日本は、ライドシェアが事実上禁止されているなど、世界的なテクノロジーの潮流と乖離する様子が散見されます。グーグルやアリババといった強力な民間企業が不在というのも大いに影響していると思われますが、各事業者のテクノロジーは先進的でも全体として見ると勢いが乏しい。
そういう状況を踏まえ、私は2018年秋頃から、国や地方の成長戦略を議論する「未来投資会議」で、「スーパーシティ構想」を提案してきました。第4次産業革命を先行的に体現する先端都市を目指すというものです。スマートシティという観点で言えば、すでに国内に自動運転の実験都市が33か所、ドローンの実験都市が21か所ありますが、個別分野にとどまり、大きな成果には至っていません。スマートシティの進化版と言えるスーパーシティでは、住民目線の都市づくりを前提に、事前に住民合意が得られる新たな法規制を整え、円滑かつ総合的に社会実装できる管理体制を築きます。人々が住みたいと思うような、魅力的な都市を丸ごとつくり、米国型の自由競争とも、中国の中央集権とも異なる形で、都市がテクノロジーの恩恵を受けられるようにしたいという構想です。
私は、このスーパーシティは、高齢化・産業集積といった様々な問題を抱える日本においては起死回生の政策だと考えています。もし地方都市で実現されれば、地方経済の活性化にも資するでしょう。
日本のテクノロジーは、例えば自動運転や顔認証など各所では、世界的にも優れていますが、総合的な構想としてつなげられず実用性に欠けており、米中に比べると遅れていると言わざるを得ません。エジソンが絶大に評価されるのは、電気のメカニズムを解明しただけではなく、実際にその電気をニューヨーク市へ売り、市民生活に電気が実装されたから。発明した技術は、人々に喜んで利用されて初めて意味を成し、イノベーションと呼ばれるのです。インベンション(発明)もイノベーションも両方重要と言われる所以はここにあります。
魅力的な都市をつくる上で、手段は無数にあります。現代は、経済の専門家だけで経済について議論するのもナンセンスですし、トヨタもLIXILも競合を尋ねられると、グーグルもしくはアップルと答える時代です。ICFのように、都市の未来について、経済学者もアーティストも起業家も一緒に議論することが必要で、この分野や立場を越えた横断的な議論からイノベーションは生まれるのだと思います。
企業と市民が協働できるデータガバナンスのあり方を模索するICF 2019
極論、スーパーシティ構想の成否にかかわらず、都市のテクノロジー活用の流れは止まりません。例えば、広告データは恐ろしいほど的確に私たちを追跡してきており、私たち都市生活者はまさにデータの支配下になりつつあります。そういった流れを前提に、テクノロジーとデータガバナンスのバランスをどう図るのかを議論するのが、今回のICFの「Brainstorming Session for 第4次産業」セッションです。
実際に、グーグルがトロントで行なう取り組みでは、市民からデータの取扱いに関する合意がとれず、プロジェクトは難航中と伝え聞きますし、スマートシティ構想においても市民ビッグデータの適正な管理・セキュリティの確保は最重要要素の1つです。政策という側面だけではなく、QOLや倫理といった多様な側面から議論できればと思いますし、企業や行政が市民からどのように信頼を得ればいいのかを追究したいですね。
私のセッションでは、市民ビッグデータの光と影を総合的に捉えるために、『AIと憲法』『おそろしいビッグデータ 超類型化AI社会のリスク』といった著書をもつ気鋭の法学者・山本龍彦さん(慶応義塾大学教授)や、AIとビッグデータを活用したHR Tech事業を手掛ける福原正大さん(Institution for a Global Society 代表)に登壇いただきます。それぞれの立場から都市空間におけるビッグデータのポテンシャルとリスクを語っていただく予定です。
また、参加者の皆さんに、体験を伴った良質なインプットを得ていただくため、「ビッグデータはどこまで進む?」「ビッグデータは民主主義&資本主義をどう変える?」「ビッグデータの世界で、個人としてあなたはどう生きる?」といったテーマに分類される、少人数の分科会をご用意しています。昨年の分科会では、誰もが議論に参加できるよう、規模や会場レイアウト、進行に工夫を凝らし、結果として白熱したブレストが実現できました。昨年に引き続き今年も分科会のファシリテーターを務める3人のジャーナリストは、マスメディアとは異なる価値観のもと、若い世代からも支持を得る独立系のデジタルメディアの編集長達です。経済や文化の最前線にいる彼らのファシリテーションが、多様な意見を引き出し、参加者それぞれが持ち帰れるような視点を提供できると思います。
ICFに参加される皆さんには、そんな意見もあるのか、と参加者を驚かせるような斬新な意見を出してほしいですね。ブレインストーミングには、相手を非難してはいけないという大前提があるため、普段会社では言うのが憚られるようなことを披露するには丁度良いんです。思いもかけぬ人から思いもかけぬ発言が出てくることを期待しています。
Leader’s GLOBAL EYES
毎年様々な国を訪ねますが、ここ最近で最も印象深かったのはイスラエル第2の都市・テルアビブです。景観は良く、華やかで、夜遅くまでファンシーなレストランが賑わっている。また、イスラエルは中東のシリコンバレーとも称されるほどスタートアップが盛んですが、その中心地がテルアビブということもあって、経済においてもダイナミックな都市です。
スタートアップ都市としての特徴は、国内市場が大きくないため、上場よりも事業売却を目指す起業家が多く、国内の大手企業や、グーグルやアップルが有力なスタートアップを次から次へと買収にくる点です。3回起業したといったシリアルアントレプレナーがたくさんいることも、この都市の魅力であり、価値ではないでしょうか。