特別寄稿
今年の新たな試みとして2回実施した事前勉強会では、多様な参加者が自由に議論していただく中で多くの興味深いご意見、キーワードを出していただきました。
昨年に引き続き、ブレインストーミングセッションのプログラム全体をプロデュースされる藤沢久美氏が、事前勉強会での議論からインスピレーションを得てコラムを寄稿してくださいました。
このコラムを通じて、今年のブレインストーミングセッションでどのような議論が期待できるのか、イメージいただけるのではないでしょうか。
21世紀型デジタル社会をデザインする責任
藤沢久美
シンクタンク・ソフィアバンク代表
産業革命はじわじわと起こる
この数年、「第四次産業革命」という言葉を頻繁に目にする。なぜ今「革命」という言葉が使われるのだろうか。「革命」の意味を辞書で調べてみると、「被支配階級が支配階級から権力を奪い、政治や経済・社会体制を根本的に変革すること」と書かれている。つまり、主権者が変わる。リーダーが変わるということだ。
過去の産業革命でも、確かに、リーダーが変わった。誰もが耳にする一つの事例が、馬車から自動車への変化だ。馬車は、蒸気自動車を経て、ガソリン自動車へと変わった。当時、馬車に関わる仕事をしていた人から自動車産業のリーダーは生まれてこなかった。外部から次なるリーダーは生まれ、産業のみならず、社会のインフラを変えてしまった。
この事例は、未来に生きる私たちからすればほんの一瞬の出来事のように思われるが、その当時を生きた人たちにとっては、一瞬の出来事ではなかった。アーリーアダプター(変化を先取りする人)たちが自動車に乗り始めても、「車は危ない」「馬の方が操作が簡単だ」など様々な変化に贖う声が出て、その変化はゆっくりと進んでいったに違いない。
現在、私たちが直面している第四次産業革命も同様。革命は、日々、じわじわと社会の各所で起きている。しかし、変わりたくない者たちは、その変化をただのゆらぎだと自分に言い聞かせ、見て見ないふりをしている。
人は「楽」を選ぶ
なぜ、産業革命は起きてしまうのか。その答えは、人が常に「楽」を求めるからだ。馬車から自動車へと変化した時も、人はより多くのものをより遠くへ簡単に運べることを喜んだし、毎日世話をしなくても働いてくれる車のおかげで、労力も軽くなった。人は、楽(らく)を求める。
少し脱線するが、数年前にタンザニアのサファリに行った際に、サファリ内に高速道路が建設された際に、トラやライオンが道路脇で寝そべるようになったという話を聞いた。トラやライオンのような肉食動物は、シマウマやキリンを全力疾走で追いかけ食にありつく生活をしていたが、今では、道路脇で寝そべっていれば、車にはねられる動物を簡単に食べることができることを知ってしまったからだ。もしかしたら生物は、常に楽(らく)な環境を求める遺伝子を持っているのかもしれない。
話を元に戻そう。もし人間が、楽(らく)ができるものを選択する傾向があるとするならば、この第四次産業革命を通じて、各所で起こっている様々な変化の内、人は何を選び、そして社会はどのように変わっていくのだろうか。
私は、20世紀の工業化を中心とした技術進歩も、人間の楽(らく)を求める力によって進んだと思っている。しかし、技術の進化に比して、人間の精神の進化が及ばず、過去にはなかった新たな職場や社会を起因とする精神疾患や社会不安が生まれたのではないだろうか。第四次産業革命下にある今、20世紀以上に、人間の精神の進化が求められているように思う。
自律性を持つ技術が生み出す未来
第四次産業革命のキーワードは、「自律」。人工知能やロボットが、過去の産業革命のキーワードだった「自動」「大量」「スピード」等の能力を超え、自ら考え判断し、行動する、「自律性」を持った技術による革命が起きている。
技術が自律性を持つことで起こるのは、産業の変化だけではない。私たちの社会インフラそのものを変えるし、私たちの価値観そのものを変えていく。その大きな変化に、ワクワクする者もいれば、不安を感じる者もいる。例えば、完全な自動運転が実現したら、運転手という仕事のニーズは無くなるだろうし、車の免許を取ることもなくなり、免許証という身分証明書もなくなるかもしれない。また、その自動運転機能が、様々なものにビルトインされたならば、移動型ホテル、移動型フィットネス、移動型住宅も生まれてくるかもしれない。そうなると、それぞれの資産税や所得税は、どの地域で補足するべきか大きな議論になるかもしれない。
まだまだ荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが、これまでにない変化が起きることは確実だ。私たちはその変化から逃れることはできないし、今、その変化を想像し、一喜一憂する時でもない。どのような未来社会を作るべきか、技術にどのような自律性を持たせるべきか、どんな社会的価値観を持って、新たな社会をデザインするべきかを考え、行動に移す、まさに未来を創造するときなのだと思う。
技術は格差をなくすことができるのか
それを考えるときに、私たちが最も意識しなくてはいけないのが、私たち人類は、何を守り、何を捨てるべきかを取捨選択することではないだろうか。例えば、インターネットが登場したとき、私たちは、大きな資本を持たなくても社会に発信ができることを知り、誰もが活躍できる社会の到来を期待した。しかし、現実には、一部のYouTuberの活躍を除けば、大手プロダクションなどが資金を投下してプロモーションを行い、有名人がより有名になるという今まで通りの構図となった。さらには、インターネットを使った新たなビジネスが生まれ、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に代表されるような圧倒的な大企業の台頭により、産業界の秩序が大きく変わったが、それはデータの寡占という新たな格差を生んでいる。
では、人工知能が様々な場所に活用され、ベーシックインカムが実現し、さらに、人工知能が人間の意思決定のサポートをするようになったとき、私たちの周りから格差はなくなるのだろうか。経済的な収入が全人類に保障されたとしても、人間の過去の慣習に則った行動や判断をベースにした人工知能が、人間の無意識のバイアスや差別を是正せずに、意思決定をしたならば、それは結果的に過去以上に差別を助長することにつながるかもしれない。では、人工知能の出す答えに対し、私たちは、どのような価値観と想像力を持って、判断を下すべきなのだろうか。
人工知能に作り込めない人間性とは何か
東京大学の松尾豊先生は、「鳥」と「飛ぶ」の違いを指摘する。鳥の飛ぶ構造を真似て実現したのが飛行機であるが、飛行機は、鳥のように朝、さえずることは無い。人工知能が人間の一部の機能を代替することがあっても、人間が進化の過程で身につけてきた多くのことを統合した機能を持つことはない。とすれば、人間の知能を真似て人工知能が作られた時に、人工知能に作り込むことができない部分は、一体何であろうか。それを人間性と呼ぶのだろうか。
人工知能に作り込まない人間性を明らかにするために、私たちは、今一度、人類の歴史に立ち戻り、動物が人間へと進化した時から身につけてきたことの棚卸しをする時かもしれない。文化人類学者の松村圭一郎先生は、人間は、進化の過程で、白目を他者から見えるようにしたと言う。白目が見えることで、黒目の動きが見え、つまり、感情が他者から見えると言うことになる。人間は感情を人に伝え、共に生きる生物となった。これは、何を意味するのだろか。
オンデマンド・ワーカーに見る未来
翻って、今、私たちは、職場のあり方についても、変革を求められている。20世紀の工業社会により、一つの会社に所属し、規則正しく勤務することが当たり前となったが、21世紀に入り、その働き方に変化が起きている。
先日、米国から帰ってきた友人から、「オンデマンド・ワーカー」という言葉を聞いた。Uberやアマゾンデリバリー、Airbnbなどのシェアリングサービスが生まれ、自分の好きな時間に好きなだけ、自分の時間や所有物を使ってお金を稼ぐ人たちだ。ある元投資銀行のアナリストだったという女性は、今はUberやUber Eats、Lyft(リフト)などに登録し、月120万円を稼いでいると言う。アナリスト時代よりも働いている時間は長くなったが、好きな時に公園で本を読んだり、ショッピングをしたりでき、会社によって時間を拘束されない自由があることが、ストレスフリーで快適なのだそうだ。また、ある大学生は学費を稼ぐために、UberとLyftに登録し、月70万円ほど稼いでおり、この自由な働き方に魅力を感じていると言う。
「自由」という価値を優先する人たちが増えてきているとするならば、会社の組織はどうあるべきなのだろうか。組織のリーダーは、過去と同じリーダーシップの発揮の仕方で良いのだろうか。
例えば、1980年以降に生まれたミレニアル世代の起業家たちが作る会社の中には、ミッションやビジョンが掲げ、それらに共感する人たちを採用する傾向があり、リモートワークはもちろんのこと、プロジェクトベースで外部のメンバーの参加も歓迎し、オフィスも出入り自由で、まるでカフェのようなスペースを用意している。もはや「高度プロフェッショナル人材」という政府の言葉は、過去の遺物のようにも感じてくる。
人は、自由を得て、結果として、各所で能力を磨き、様々な組織と関係性を持ち、能力を発揮し、貢献する、そんな働き方が当たり前になるかもしれない。だとすれば、日本の労働法制は、このままでいいのだろうか。いつまでも、正社員至上主義を唱え、Uberなどのシェアリングエコノミーに背を向け続けていていいのだろうか。
未来創造へ一歩を踏み出すICF
日本に住む、私たちは、一体どんな人生を歩みたいのか。どんな人とどんな関係性を持ちたいのか。自律性を持った新たな技術は、私たちが無理だと思っていた生き方や働き方を可能にしてくれるかもしれない。今一度、諦め掛けていた理想の生き方を追求してみてはどうだろうか。そして、それは、自分だけではなく、他者も幸せにすることができるだろうか。
今年のInnovative City Forum(ICF)では、こうした21世紀のデジタル社会を創造する責任を持つ、今を生きる私たちが、何を考え、何に取り組むべきかを明らかにするために、仕事・組織・生活・経済について、時代の最先端を走るリソースパーソンと共に、ブレインストーミングを行う。ぜひ、多くの方に議論に参加していただき、未来創造への一歩を踏み出していただきたい。
Brainstorming for IR4の詳細はこちら >
DAY2(10/19)セッション Brainstorming for IR4 事前勉強会について
Innovative City Forum(ICF)のプログラムの一環として2016年に始まったブレインストーミングセッションは、登壇者と参加者の垣根無く議論し、多様な意見をぶつけ合い、新たなインスピレーションを得ていただく場を目指しています。
今年はセッション当日だけではなく、事前により多くの方に関わっていただくため、プログラムが作られる過程を民主化する試みとして事前勉強会を実施しました。事前から色々な方に参加していただいたことで、分科会のテーマ設定も多様な視点を入れながら決められていきました。
未来の都市とライフスタイルを議論するICFとして、ブレインストーミングセッションでは「21世紀型テクノロジー社会」という大きな括りのテーマがあります。大きな時代のうねりを感じながらも、分科会では誰もが自分ごととして議論できる具体的なテーマを探るため、次のテーマと概要で2回の勉強会を実施しました。
勉強会ではそれぞれの分野の第一線でご活躍されている方々が、ご自分の意見をぶつけ合う、まさに発散型のブレインストーミングが行われました。
多数挙がった興味深いキーワードの中から、各勉強会に参加した分科会ファシリテーター4名の興味のもと、絞り込まれていったのが今年の分科会のテーマとして、以下に決まりました。
テーマ1:「仕事」を再定義する:知能を除いた人間性とは何か?
テーマ2:シェアリングエコノミー、Gig Economy、地域資本主義の台頭は新しい経済をつくるのか?
テーマ3:変革期に求められるのは「弱い」リーダーか?
テーマ4:超格差社会の貧困はテクノロジーで緩和できるか?
勉強会開催概要
1回目事前勉強会
日程:2018年6月14日(木)
テーマ:「テクノロジー時代に考える、人間とは何か、人間の価値観、アイデンティティはどうなるのか」
スピーカー:
岡本裕一朗(玉川大学文学部教授)
徳井直生(株式会社Qosmo代表取締役)
松尾豊(東京大学特任准教授)
参加者:
竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長)
佐々木紀彦(NewsPicks CCO)
竹下隆一郎(ハフポスト日本版編集長)
浜田敬子(BUSINESS INSIDER統括編集長)
岡島悦子(株式会社プロノバ代表取締役社長)
岡島礼奈(株式会社ALE代表取締役社長/CEO)
溝口勇児(株式会社FiNC代表取締役CEO)
南條史生(森美術館館長)
2回目事前勉強会
日程:2018年6月21日(木)
テーマ 「テクノロジー時代の人間と社会の関係性:リーダーシップ、キャリア、レピュテーション」
スピーカー:
青柳直樹(株式会社メルペイ代表取締役)
松本恭攝(ラクスル株式会社代表取締役社長CEO)
水野祐(弁護士/シティライツ法律事務所)
参加者:
竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長)
津田大介(ジャーナリスト)
浜田敬子(BUSINESS INSIDER統括編集長)
石山洸(株式会社エクサウィザーズ代表取締役社長)
猪熊真理子(株式会社OMOYA代表取締役社長)
岡島礼奈(株式会社ALE代表取締役社長/CEO)
白坂成功(慶応義塾大学教授)
為末大(株式会社Deportare Partners代表)
前野隆司(慶応義塾大学教授)
溝口勇児(株式会社FiNC代表取締役CEO)
米良はるか(READYFOR株式会社代表取締役CEO)