創造する人工知能が見せる、人間の思考の次に来るもの

キーノート登壇者を知る – ブレイス・アグエラ・ヤルカス

創造する人工知能が見せる、人間の思考の次に来るもの

グーグルの人工知能は、悪夢を"創作”した

美術館で、1枚の絵にふと心を奪われた瞬間は誰にでもあるものだ。
使われている色彩に美しさを感じたり、作家が描いた歴史的事実に共感を覚えたり。そうして人は、自分の心を揺さぶる美術作品を生み出した作家の創造性に、畏敬の念を抱く。
創造的行為は、人間だけにできるもの。そう誰もが疑わなかった常識が今、揺らごうとしている。人工知能が創造的行為をし始めているのだ。

グーグルの研究者らによるチームは2015年6月、「Inceptionism」という、奇妙な画像の一群を公開した。インターネット中に拡散した、キュビスムを思わせるそれらの絵は、グーグルの人工知能が“描いた”ものだった。

Inceptionismの写真群はこちらから

グーグルの人工知能研究の中枢、「machine intelligence(機械知能)」の研究開発チームを率いているのがブレイズ・アクエラ・ヤルカスだ。彼らの研究グループは、「ディープニューラルネットワーク」を用いた「machine perception(機械知覚)」を広範囲にわたって研究している。それには人間の脳の研究も多く含まれる。

彼らの研究チームが生み出した革新的な「The machine perception algorithms(機械知覚アルゴリズム)」は、「GooglePhoto」内にある写真を、言葉によって検索可能なものにした。写真を言葉によって表現するという私たちの脳が当たり前にできることが、数年前まではコンピュータには不可能だとされていたのだ。

グーグルの人工知能は、私たちの脳の働きを模した「人工ニューラルネットワーク」によって、人間に近い知覚機能を身につけた。つまり、くちばしを持ち、体中に毛が生えており、世界中にさまざまな種類が存在し、空を飛ぶ生物の視覚的情報から、「鳥」という概念を生成し、それに基いて情報検索することが、今やスマートフォンからも可能になっている。

ヤルカスは「知覚を持つものは、何であれ創造性を発揮できる」と考える。それは、私たち人間の脳から、人工知能までが含まれる。彼は「How computers are learning to be creative」というタイトルで行ったTEDのスピーチの冒頭で、ミケランジェロの名言を引用してみせた。

「すべての石の塊は彫像を内包している。それを見つけだすのが、彫刻家の仕事だ」

彫刻家の仕事はまぎれもなく彫像を創造することだが、それに先行する石の塊の中に彫像の存在を見つけだすことは知覚の営みだ。この名言に、ヤルカスは知覚と創造がコインの裏表のように一体のものであることを示唆する。それを人工ニューラルネットワークで証明したのがグーグルのプロジェクト「Inceptionism」の画像群だ。
これらの画像を生成した人工ニューラルネットワークは、与えられた画像の中に人の顔や動物などを認識するためのパターンを見つけるようにトレーニングされている。
トレーニングは、人工ニューラルネットワークに学ばせたいイメージを“見せる”ことで行われる。さまざまなイメージの中から、人工ニューラルネットワークは、そのものの本質を抽出し、本質ではないものを切り捨てることを“学ぶ”。こうすることで、人工ニューラルネットワークは、この世界の視覚情報を認識できるようになる。

ヤルカスらの研究チームは、人工ニューラルネットワークが行う知覚のプロセスを逆に行うことで、創造を行わせた。
すなわち「Inceptionism」で生成された奇妙な絵は、トレーニングされた人工ニューラルネットワークに任意の画像を与え、その中で「学び、知っているものに近いイメージ」が検出された部分に、イメージをフィードバックさせ、強調したものだ。つまり、人工ニューラルネットワークに描かせたものなのだ。

それらの絵は、多くの人々の想像を刺激し、「悪夢」とすら呼ばれるようになった。これは人工知能が行った創造的行為だと呼べるだろう。
現在はDeep Dream - Online Generator(http://deepdreamgenerator.com)で体験することもできる。

名画で名画を描く。レンブラントの「新しい絵画」

現在、人工知能は様々な創作を可能にしている。
2016年は4世紀ぶりとなるレンブラントの「新しい絵画」が描かれた年として記憶されるだろう。しかし描いたのはレンブラント自身でなければ子孫でもない、ましてやゾンビでもない。人工知能だ。

黒い帽子に黒い服、白い襟飾りを身にまとった、ヒゲを蓄えた白人の中年男性。この肖像画は、どこまでもレンブラントらしい作品でありながら、コピーではなく、この世界に一点しかない美術作品だ。
題材、色彩、タッチすべてがレンブラントの特徴を宿しているこの作品は“創作”か贋作か?

同作品は、オランダのマウリッツハイス美術館とレンブラントハイス美術館のチームが中心となり、デルフト工科大学およびマイクロソフトの協力のもとに描き上げられたものだ。
同チームは、人工ニューラルネットワークを多階層に深く(ディープに)積み重ねることで実現する「ディープラーニング」によって、3Dスキャンされた346作品ものレンブラントの絵画の特徴を分析。「レンブラントらしさ」を体現する題材を選び出した。
3Dプリンターによって出力されたこの肖像画は、構図はもちろん、レンブラント独特のタッチすらも再現されている。

この作品は、贋作かと問われれば、贋作に分類されるのかもしれない。しかし従来の贋作のように人が介在することなく、最先端の人工知能によって、いわばレンブラントの情報の“スープ”から生み出された最初の美術作品だ。
そしてこの絵はレンブラントを"超人的”に深く学んだ美しさのみならず、コンピューティングの美しさをも兼ね備えているのである。これを「創作」と呼ぶことを否定することが、誰にできるのだろうか?

コンピューティングは今、先駆者たちの課題を達成しつつある

ヤルカスは2013年にグーグルにジョインし、もっとも主要な研究者のひとりとなったが、2010年から2013年までのマイクロソフトでのキャリアでも、インターネット界にインパクトを与えるサービスに貢献した。その代表的なもののひとつに「Bing Maps」と「Bing Mobile」の構築がある。
自らが開発した「Seadragon」(2006年にマイクロソフトに買収)、 「Photosynth」の技術を応用し、過去に撮られた写真から今撮られた写真、さらにリアルタイムの動画までをも地図の3次元空間上に貼りつけることを可能にし、オンライン地図に高い拡張現実性を与えた。

現在、ヤルカスはグーグルでモバイルデバイスに向けた「machine intelligence(機械知能)」の研究開発を進めている。その印象的なニュースが、2016年初旬に発表された、グーグルと半導体スタートアップMovidiusとの提携だ。この提携によってグーグルは今、ディープラーニングの機能をモバイルデバイスへ実装することを目指している。
これによってどんな未来が到来するのだろう? それはヤルカスが、TEDスピーチの最後に残した以下のようなメッセージ(抄訳)から推測できるだろう。

「コンピューティングは、会計処理をしたり、キャンディークラッシュで遊ぶためだけのものではない。機械を知的にしようとするその歴史の始まりから我々は、人間の理性を規範としてコンピュータを生み出してきた。アラン・チューリングやフォン・ノイマンといった先駆者たちが残した課題のいくつかを我々は今ついに、達成しはじめている。コンピューティングは今、我々の思考を理解し、拡張する能力を、我々人間に与え始めているのだ」

ブレイス・アグエラ・ヤルカス

グーグル プリンシプル・サイエンティスト

ブレイスはGoogleでモバイル機器用マシンインテリジェンスの基礎研究と新製品開発の双方を手掛けるチームを率いている。所属するグループは機械知覚、分散学習などの多層構造によるディープニューラルネットワークやエージェントを広く扱う傍ら、外部の学術機関と共同で神経回路地図(コネクトーム - Connectome)の研究(コネクトノミクス - Connectonomics)も行なっている。2014年までは Microsoft社のトップエンジニア(Distinguished Engineer)として、製品構想から企業戦略まで様々な領域に跨がり、インタラクション・デザイン、製品試作、コンピュータおよび機械視覚、拡張現実(AR)、ウェアラブル・コンピューティングおよびグラフィックスなどの分野を得意とする複数のチームで責任者を務めてきた。ブレイスはSeadragonとPhotosynth技術(2007年・2012年)について、また、Bing Maps(2010年)についてTEDで講演を行なっている。2008年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉あるTR35(「35歳未満の若いイノベーター35人(35 under 35”).」)に認定された。