必要なのは課題に対するソリューションではなく、豊かさへの情熱

登壇者インタビュー – 大越いづみ

必要なのは課題に対するソリューションではなく、豊かさへの情熱

はじめに

Innovative City Forum 2016の「未来東京セッション」は大きく、Future Living、Future Work、Future Mobility、Future Entertainmentの4つのテーマに分かれて、2035年における東京の人々のライフスタイルについて議論がされます。今回は、「人はなぜ、どこで、どのように働くのか?」というテーマを掲げたFuture Workセッションのファシリテーターを務める電通総研所長の大越いづみさんに話を伺った。

2020年という合意形成、熱量を絶やしてはいけない4年間

オリンピック、パラリンピックの東京招致が決まったことで、東京は都市間競争の中で自信を失っていたころに、流れが変わる機運が生まれました。とりわけ日本人は危機感があると初めて一致団結できるところがあると言われています。ひとたび合意形成できると情熱もわいてくるし、締切に間に合わせるために一気に進んでいけるはずです。
ただ、招致決定から年月が過ぎ、あと4年しかない中で、モヤモヤ、いらいらの時期に入ってきたような気がします。東京で実現させたいこと、やりたいことのイメージが次々と湧き上がったにも関わらず、街のあちこちにある工事現場を見ても、私達が思い描いた街が作られていくワクワク感がありませんね。そこに、予算の見直しや計画の練り直しの必要性がネガティブな情報として次々と出てくるため、停滞や後戻りに見えてしまいます。ここが正念場かもしれません。2020年という大きなチャンスをもらった東京です。そこで働いたり暮らしたりする私たちが手応えや期待感が持てるよう、ポジティブな雰囲気を作り続けていくことが大事だと感じています。

2035年の最大テーマは、人類の「時間」の使い方

今回のセッションのテーマは、2035年の未来東京です。AIをはじめとするテクノロジーに目を向けると、人間や街が持っている能力を遥かに超え、私達が今体験している制約条件のあらゆるものを飛び越えていくような生活が理論上可能になっていきます。
その中で、変わらない制約条件といえば、24時間という1日の時間です。私は、2035年、人は時間を持て余している状態を想像しています。昔は家事労働に多くの時間を使っていましたし、現在は長時間労働が問題になっています。でも、未来は、その多くをテクノロジーが補ってくれると予想され、1日の可処分時間が増えていることになります。では、その可処分時間を何に使うのだろうか。さらに寿命延長によって、その時間をどうやって過ごすのだろうかと考える必要があります。
幸せな退屈ならばよいのですが、家の中や街の中で、時間を持て余して毎日を空しく生きる自分の姿は想像したくないものです。時間を豊かにしてくれる文化度の高いエンターテイメントも、暇つぶしのネタも不可欠です。それだけでなく、人間関係の中で自分がバランスを保ったヘルシーな状態で過ごせていることや、自分が社会の中で役に立って生きていることで得られる充実感も大事ですね。
今日という時間をどう過ごすのか。自分の時間の質を高めていくために、どのように時間を使うのか。なにもかも自分で考えることは、想像以上に難しくて苦しいはずです。時間の使い方は、精神的な豊かさや、心の安定、心身のバランスに影響する一大テーマになると思っています。

暮らし方を変えるシェアリングエコノミー

シェアリングエコノミーにも少し触れたいと思います。ひとりひとりが意思を持って自分のリソースを提供し、欲しいものを的確に得たいという人達の間で直接的な取引が行われると、新しい経済圏が形成されることになりますね。そこでは、財の交換が必ずしも金銭で行われるとは限らなくなる。仮想通貨かもしれないし、物々交換かもしれません。ある意味でとても成熟した豊かな社会です。金銭ではない取引が増えてきたときに、GDPという指標以外に、国の経済力、国の豊かさを示す別の指標が必要になりますね。
また、これから10年、20年をかけて、どこまで私達は日常生活をシェアリングエコノミー型にシフトできるか、というチャレンジが始まります。これは私たちの暮らし方に直接影響してくるテーマです。私たちは核家族世代です。親子4人だけで暮らさせてくださいと家を閉じてきました。近所づき合いも極力少なくし、親子4人にとってベストパフォーマンス、ベストエフォートとなる家をつくったわけです。ところが、あまりにも閉じすぎてしまったために、ここにきて苦しくなってきましたね。やはり人の手を借りたい。ご近所と助け合える関係にしておきたいものです。私たちは、一度は放棄した暮らし方を取り戻すために、あらためて家のドアを開き、他人を家に招き入れつつ、これまで通りにプライバシーを高度に保ちながら生きていく方法を模索していくことになると考えています。

東京の強みとは何か

多くの方が今気づき始めているのは、江戸時代が持っていた豊かさです。政治と経済が一定のレベルで安定していたからこそ、知恵にあふれた街が作られ、多彩な文化が生まれ、それを楽しむ人々には精神的な豊かさがありました。翻って、戦後70年経って、猛烈なスピードで作られた東京という街が持つ豊かさを享受するなかで、改めて江戸に多くの共通項を見い出し、興味を持って再評価するのも自然なことかもしれません。
この先、未来の東京のデザイン力にはすごく期待しています。ただ、そのためには、私たちが本当に求める豊かさとは何かということについて、自らが強いビジョンを持っていなくてはならないと思っています。その豊かさに対して強い憧れやパッションがあった上で作られている街と、山積みになった課題に対応するのに精一杯で作られていくものとは、全く違います。でも、私たちは喫緊の課題に対する対処療法に多くのエネルギーを割いていて、未来志向の理想像を語るパッションが弱いと感じます。
今回は、2035年という未来の東京がテーマです。目先のことですと現実的な課題から目を背けるわけに行きませんが、2035年であれば、非連続の未来像を共有し、私たちが求める豊かさやありたき姿について、ピュアに議論することが許されています。ある程度シミュレーションされている未来を予見としながら、こういう生活ができることが豊かさだよね、こうなったら面白いよね、ということをイマジネーションする絶好の機会です。私は、東京が課題解決力だけでなく、それ以上にイマジネーション競争力のある街になればよいと思っています。このセッションが、そのような議論ができる場になったら素晴らしいと思います。

大越いづみ

ビジネス・クリエーション・センター Executive Business Creation Director(EBD)/ 電通総研所長 / レガシープロジェクトデザイン室長、2020プロジェクトプロデュース局
民間シンクタンク研究員、外資系メーカー・ブランドマネジャーを経て、1998年電通入社。マーケティング局、コミュニケーション・デザイン・センター、ビジネス・デザイン・ラボ等を経て、2014年より現職。

2020&beyondを契機とするイノベーションの加速を目指し、クライアント企業の国内外の事業戦略、ブランド・コミュニケーション戦略に関わるとともに、産官学/異業種連携による持続的成長のための共創型ビジネスデザインを推進する。

2016年 株式会社日経BP マーケティング・アワード審査員
一般社団法人 全日本シーエム放送連盟(ACC) Marketing Effective部門審査員 他