宇宙建築 新常識の創造へ人間性が導くテクノロジーとの融合

登壇者インタビュー – 曽野正之

宇宙建築 新常識の創造へ人間性が導くテクノロジーとの融合

はじめに

未来の宇宙旅行者は誰もが彼らの名を知っているかもしれません。DAY1 アート&クリエイティブセッションに登壇する曽野氏の所属するチーム(Clouds Architecture OfficeとSpace Exploration Architectureにより構成)は昨秋、NASAが宇宙開発の革新的な技術やアイデアを一般から募るために主催した 3Dプリントによる火星住居設計コンペで優勝。1)宇宙飛行士4人が1年間火星に滞在できる、安全で快適に暮らせる施設(約90㎡)、2)火星にある材料で宇宙飛行士の到着前の完成の2点が条件で、氷を放射線から人体を守るシールドにする、3Dプリンターとロボットによる遠隔操作で無人で建設可能などが評価されました。ICF2016開催直前、ニューヨークを拠点とするClouds Architecture Office設立パートナー(オスタップ・ルダケビッチ氏と共同)である氏に話を訊いてみました。

なぜ火星の住居に氷を活用したのか

私たちは、火星の住居設計に技術面と心理面の双方から構想しました。技術面では、人が生き続けることが最低条件となりますから、まず宇宙放射線対策を考える必要がありました。被曝しないために放射線から人体を守ってくれるシールドが必要だろうと。
また、人には水が不可欠ですが、調べてみると水素は放射線の遮蔽にとても優れた素材で、火星の地底にも水素や水があることが把握できました。
そこで、シールドの必要性と水の存在から着想し、火星の平均気温が約氷点下43度である事も踏まえ、水つまり氷で住宅を造れば他何もいらないのではないかと考えるところへ至りました。通常シールドとして提案される土壌(レゴリス)にも注目しましたが、有害物質が含まれている可能性もあり、地球とその生命の象徴である水を用いた方が強いコンセプトになり得るとも感じたのです。

次に、重要視したのは氷の透明性が及ぼす空間での心理的効果のことです。仮に、レゴリスで造ると部屋が小さく感じられ、閉鎖性が高まってしまう。例えば僕らは狭いNYのアパートで暮らしているのですが、窓が大きいだけで空間を2倍にも3倍にも感じることができます。つまり、窓による開放感は、精神的な広がりや落ち着きにとても効果的です。また、火星の一日のサイクルは地球のそれとかなり近い為、自然光をふんだんに取り入れる事は、居住者の基本的な健康と生活リズムにとって大変有効です。
このようにして、氷のシールドで住居を覆うことで、放射線から身を守ること、眺望や自然光を大きく取り入れることを実現できると考えたのです。内部空間の温度は透明な断熱層により適温に保つ事が出来ます。

コンペ終了後に知ったのですが、200近い応募で唯一、僕らだけが土ではなく氷を基軸に提案しました。おそらく他にも氷に着目したチームはあったはずです。両者を分かつものは何か、なぜ僕らは提案できたのか。
理由は、素材と構造の2重の意味で従来のタイポロジーを反転させたブレイクスルーが僕らの提案にあったからです。具体的に言うと、従来の宇宙建築では加圧メンブレン(膜構造)を不透明にするところを先ほど説明したように氷に着目して透明な素材を探しました。同時に、氷を昇華させずに存在させるために適切な気圧が必要だったので、従来とは異なりメンブレンをシールド材の中ではなく外に置き、3Dプリンターで内壁などを造れるようにしました。言わば、宇宙建築のタイポロジーを素材と構造とで覆しました。

極限環境のライフスタイルに求められる建築とは

実は、今回のコンペ参加に当たって、“設定は20年後の火星だけど、普段と同じように設計しよう”とチームメンバーと話し合いました。言い換えれば、エンジニアリング優先にはなりすぎぬよう、もしくは火星・宇宙の先入観に囚われぬように気を付けたということです。要は、機械仕掛けのものではなく、居住性・人間性を重視したかった。これは個人的な意見ですが、見た人も住む人もエネルギーや生命力を感じられる建築が良い建築なのではないかと思っています。

またこういう考え方もあります。“20年後のテクノロジーなんて分からない”と。一方、“人間が想像したことはいつか形になる”。
これらから言えることは、テクノロジーありきで考えるのではなく、人間には水や光が必要という根源的な人間らしさを見つめる必要があるということ。よって、コンペの時は、人間には何が必要か、という問いに絞ってアイデアを膨らませて勝負しました。
火星に建つ人類初の住居という設定上、地球の全ての人が見上げる建築でもあるため、人々が誇りに思えるような象徴性を持たせることも大事だと考えました。例えば、子どもたちが“きれい”とか“行きたい”と思ってくれるような、想像力や興味が広がるものが大事だと考えています。その為には、技術面だけではなく文化的な側面も同等に併せ持つ必要があると思いますし、建築家の参加が重要となる部分であると思います。

豊かな発想を生み出したバックグラウンド

僕らの建築事務所Clouds AOでは、環境の知覚体験を根幹においた設計手法と建築概念の大気・宇宙領域への拡張をテーマとした研究と実践を行っています。より高く空へと人の活動空間を広げてきた建築の歴史の必然的帰結として、例えば軌道エレベータを応用した都市や、彗星を利用して移動する建築などを提案してきました。そのプロセスから、今回のコンペに応募したのは自然な流れでした。
また、事務所では自然災害対策の建築についてのリサーチも重ねていますが、極限環境の建築であるという点でも繋がる部分があると思います。私自身、阪神淡路大震災の被害を受けた地域の出身ですが、東日本大震災をきっかけに、地表にあるから建築は被害を受けやすいのだと再認識し、建築を地面から開放することが出来ないかと模索しました。

ICF参加を通じて伝えたいこと

実は、こういうコンペに参加すると結構批判される事もあります。“地球自体がこんな厳しい状況なのに、宇宙なんて”と。
個人的な意見ですが、地球が終わってから宇宙という順番ではなく、どっちもしなければいけないと思っています。

例えば僕らは今回、宇宙や火星のことを考え続けた結果、地球のことがより深く理解できるようになりましたし、何気ない日常の風景が全く違って見えるようになりました。一度外に出たからこそ見える事というものがあると思います。そうしたフィルターとなる新しい窓をつくって、新しい視点の共有に貢献出来ればと思っています。そういう思いが根っこにあって建築を構想しているので、当日来ていただける方にも新しい視点を持ち帰っていただけたら嬉しいですね。

曽野正之

Clouds Architecture Office 共同設立パートナー
2015年、Clouds Architecture Office (Clouds AO) とSpace Exploration Architecture (SEArch) は宇宙科学のコンサルタントと火星探査へ向けた先駆的な建築プロポーザルを設計し、この「Mars Ice House」はNASAが主催する3Dプリントによる火星住居設計コンペティションで優勝。その設計チーム(クリスティーナ・チアルデューロ、ケルシー・レンツ、ジェフリー・モンテス、マイケル・モリス、オスタップ・ルダケビッチ、曽野正之、曽野祐子、メロディ・ヤーシャー)は現在、NASAラングレー研究所と共同で氷による火星住居の設計開発に携わっている。

曽野正之はニューヨークを拠点とするClouds Architecture Office設立パートナー(オスタップ・ルダケビッチと共同)。神戸大学及びワシントン大学にて建築修士号取得。都市スケールの文化複合施設からパブリック・アートのデザインに及ぶ多様なプロジェクトに携わる。ニューヨーク・スタテンアイランド9.11メモリアル国際コンペ優勝作品によりアメリカ建築家協会公共建築賞受賞。プラット・インスティテュート(客員教授)、デンマーク王立芸術アカデミー、東京大学などにてレクチャー。Clouds AOは環境の知覚体験を根幹においた設計手法と建築概念の大気・宇宙領域への拡張をテーマとした研究と実践を行っている。