宇宙居住や、人工知能の進化。文化は、未来の都市でより大きな意味を得る。

ICFコミッティーインタビュー – 南條史生

宇宙居住や、人工知能の進化。文化は、未来の都市でより大きな意味を得る。

宇宙という極限状態での居住から、人間の生活の必須条件を考える。

 今年のInnovative City Forumでも、2つのセッションをモデレートします。どちらもクリエイティブで未来へのヒントに満ちた時間になりそうです。
ひとつが、人は宇宙でいかに生きるかという命題に焦点を当てたセッション。ちょうど同時期に森美術館で開催する『宇宙と芸術展』にも重なるテーマです。地球の環境問題が議論されるようになって久しいわけですが、環境の行く末を考えるとき、宇宙はいい参考になる。宇宙はある種の極限状態ですから。

私たち人間が生きるのに最も心地がいいのは、言うまでもなくこれまで生きてきた地球環境です。したがって、人が宇宙へ出て行こうとする場合には、地球的な環境を宇宙へと持ち込む必要がある。実は、そういう視点から宇宙の建築を考えている人々が意外なほどに多いのです。今年のICFには、そんな人たちの中から、ニューヨークを拠点とする Clouds Architecture Office (Clouds AO)の曽野正之氏とSpace Exploration Architecture (SEArch)のメロディ・ヤーシャー氏を迎えます。Clouds AOとSEArchが設計した「Mars Ice House」は、NASA主催の、宇宙飛行士が火星に1年間滞在する基地の設計コンペで1位をとりました。それは、火星に存在する水に着眼した、氷でつくる建築物で、居住空間のほか、畑などの地球の環境も内包するというものでした。さらにこういう建築が集まっていくと都市が形成されていく。宇宙という熾烈な環境の中でも地球環境を維持していく条件を考えるという試みは、今、私たちが地球上の都市に必要なものを考えるためのヒントを与えてくれるように思います。
セッションにはほかに「ゲノム料理センター」なるものを率いるザック・デンフェルド氏や、宇宙をモチーフとした作品群〈スペースプログラム〉で知られるトム・サックス氏などの現代アーティストも招いています。調べてみると、現代美術のなかで宇宙を扱っている作品はかなり多いんです。宇宙が、大きな可能性を秘めた場所だからなのかもしれませんね。

宇宙居住で生まれる真の“インターナショナル”な文化

 現在でも、たとえば宇宙ステーションではさまざまな国籍の宇宙飛行士たちが共同生活を送っています。宇宙での居住者が増えるにつれて、慣習もルールも異なる人々が一緒に住むことが当たり前になる。すると宇宙における法律や倫理、哲学というものが求められていくでしょう。そして、やがて宇宙という新しい環境のなかから、新しい文化も生まれていくのではないかとも思います。それこそが、真の意味でのインターナショナルな文化といえるのかもしれません。
現時点でもJAXAは宇宙での文化の未来に注目しており、宇宙ステーションで抹茶を点てたり、“お月見”ならぬ“お地球見”の試みを行ったりしています。抹茶を点てるのだって、無重力状態ですから、ガラスの球体に抹茶を入れて、上から差し込んだ棒でかき回し、ストローで飲むのです(笑)。そう聞くと、美の観点やありよう自体、変わっていくのかもしれない、とも思えます。
宇宙居住を考えることは、人間や地球の未来にもダイレクトに関わる。とても興味深いセッションとなるのではないでしょうか。

アジア各地に残る文化遺産をどのように生かしていくべきか。

 さらに、文化財としての都市をどのように活かしていくべきかを考えるセッションも予定しています。
ヨーロッパでは早くから歴史遺産、文化遺産を観光資源として生かしてきましたが、日本でも京都や奈良などに続き、多くの地方都市で、多様な文化遺産を上手く生かして地域の活性化を図る動きが増えてきました。そしてアジアの様々な地域でも、歴史的な街区や伝統的な技法を残していく試みがなされています。今回はそのような試みを一度共有していきたいということで、マレーシアにあるジョージタウン世界遺産公社のアン・ミン・チー氏、ベトナムの建築家、ヴォ・チョン・ギア氏、そしてアーティストの柳幸典氏に、それぞれの取り組みについて伺う予定です。
日本の地方都市にある、文化的・歴史的価値をもつさまざまなものたちを、単に“残す”のではなく、“活かす”ための議論が活性化するといいですよね。保存だけに気をとられると、コストばかりがかかり、誰にも使われなくなることもある。すると関わる人の誰もが幸福ではない。それより当初の使い方とは違ったりしても、何かのかたちでうまく使い続けられることが大切だとも思います。

文化の成熟こそが、人間の未来の鍵を握る。

 私たちがInnovative City Forumをスタートさせた大きな動機のひとつが、これからの日本、特に東京はクリエイティブビジネスの中心になるべきだという思いでした。だからこそ、ICFのようなフォーラムを続けていくことで、アジアの創造力の中心は東京にあるということを自然に発信することが何より大切だと考えたのです。
都市の未来を考えるこういったフォーラムのなかにアートの要素が入っているのは珍しいことですが、それも、そんな思いがあってのこと。今回のICFで大きなテーマのひとつとなる人工知能については、その発達によって人間は働かなくても生きていけるようになるという論が出始めています。生きるために働く必要がなくなったときに、人間はいかにして時間を使うのか。間違いなく、文化やスポーツが重要な位置を占めるようになるでしょう。
そう考えるときに、私は、300年続いた江戸の泰平を思いだすんです。江戸時代の人々は、さほどの時間を労働にあてず、誰もが長唄や琴、三味線、俳句…と趣味を持ち、それに没入していた。社会にユートピアがあるとすれば、ああいうものではないのかと。
右肩上がりに発展しなければならない経済活動や、GDPのランキングの競い合い、エネルギー資源の取り合い…。そうしたこれまでの価値観を脱却していくには、文化による豊かさを考えなくてはなりません。目標とするべきことは富の蓄積ではなく、文化の成熟と民主化ではないかと思います。今年のICFも、さまざまなジャンルの人々がそれぞれの知識を持ち寄り、未来への展望を切り拓いていくものとなりそうです。

南條史生

森美術館館長
慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金(1978-1986)等を経て2002年より森美術館副館長、2006年11月より現職。過去にヴェニス・ビエンナーレ日本館(1997)及び台北ビエンナーレ(1998)コミッショナー、ターナープライズ審査委員(ロンドン・1998)、横浜トリエンナーレ(2001)、シンガポール・ビエンナーレ(2006、2008)アーティスティックディレクター等を歴任。近著に「疾走するアジア~現代美術の今を見る~」 (美術年鑑社、2010)、「アートを生きる」(角川書店、2012)がある。