都市競争力を高めるための「自然資本」海外の先端企業が取り組む新しい視点

登壇者インタビュー – 足立直樹

都市競争力を高めるための「自然資本」
海外の先端企業が取り組む新しい視点

はじめに

都市の未来を大きく左右するといわれる「自然資本」。
世界ではこの領域での取り組みが深まりつつある一方、日本ではその認識・議論さえも不十分な状況です。自然資本とは何か、なぜこれからの都市を考える上での必須要素となるのか。今回は、未来東京セッションのファシリテーターとして登壇する株式会社レスポンスアビリティの代表を務める足立直樹氏に話を伺った。

「自然資本」という概念抜きには語れない、都市の未来。

今、森記念財団の20年後の未来を検討する委員会に参加させて頂いていますが、そこで思うのは、テクノロジーで社会に何ができるかというプラスの面はすごく明るく描かれるわけですけれども、逆にそこに起きてくるであろう様々な問題はあまり話題として出てこないということです。私は、そこに自分の役割があると考えていて、今のままだとサステナブル(持続可能)ではないですよとあえて問題提起をしています。

サステナビリティ(持続可能性)を考える時、まさに都市化そのものが大きな問題にもなり得えます。日本も約7割が都市人口、世界的に見ても、2014年にはもう50%を超えましたが、人がどんどん集まってくると便利であると同時に問題も起きます。日本であれば、住宅はどうするの? 通勤はどうするの?といった話がありますし、途上国の場合は生活のための最低限のインフラが無くて非衛生的な状態になったり、さらには病気が発生してしまったりということが当然のように起きますよね。だからこそ、サステナビリティは、都市化が進化していく中で十分に注意しなければならないのです。もっとも、望みがないわけではありません。

既に現実となっている人工知能による社会シフト

なぜ都市に人が集まるかというと、都市には職がある、もしくはあったからな訳です。ところが、今後、都市で働く必要がある人がだんだん減ってくる可能性があります。つまり、会社では、今までのような事務の仕事をする人の数というのは非常に少なくなっていく。

最近のニュースで私が一番衝撃的に感じたのは、ドイツなんですけれども、ドイツ銀行という大手の銀行がありますよね。ドイツ銀行が今後、ドイツ国内の支店の数を25%減らすと発表したことです。つまり、銀行業務を続けるために、今後は支店が要らないわけですね。25%支店を減らすと何が起きるかというと、当然、その分の行員は要らなくなるわけです。3,000人を解雇するそうです。銀行で働いている人というのは、今までどちらかというと社会全体の中ではエリート層であって、銀行が潰れることなんてないだろうと思われていたわけです。銀行に勤めていれば安泰だろうと思っていた人たちが、実は最初に自動化の波にさらされる。しかも、それが5年とか10年先のことじゃなくて、もう既にそういうことが発表されているんです。

真に都市と自然が共生するフェーズへ

豊かな自然環境のことを最近は自然資本と呼んでいます。なぜ資本という言葉をつけたかというと、それが私たちの生活やビジネスを続けていくために必要な基盤だからです。企業経営の視点で、自然資本が重要視されつつある理由について少し説明しましょう。

私たちに必要な資本というと、一番普通に考えるのが財務資本ですね。企業の中でも、これまでは資本と言えば財務資本だけを考えていました。また、自分たちにはどれだけ工場があり、設備があるかを示す製造資本も必要だと考えられています。また、実体のない特許やブランドのような、いわゆる知財みたいなものも最近は情報開示されるようになりました。従来の財務資本や製造資本とは違うけれども、ビジネスを成り立たせるためには必要な資本・財産なわけですね。

最近は、この3つに加えて、人的資本、社会関係資本、自然資本を加えて全部で6つの資本を報告しようというような動きが出てきています。人的資本はまだ財務諸表には書かれていないわけですが、同じ1,000人の社員がいる場合でも、優秀な社員が1,000人いる会社とそうじゃないところであれば、当然優秀な社員がいる会社に将来性がある訳です。なので、投資家は当然、会社のそのようなことを知りたいわけです。

このように人的資本、あるいは社会関係資本といった、社会とどれだけうまくやっていくのか、どれだけすばらしい地域社会に囲まれているのかということは、企業の競争力の源と言っていいと思います。
国際統合報告では、先の6つの資本について情報開示をするようにと言っているのですが、自然資本というのは6つの資本の1つであるだけでなく、6つの中で最も基礎にあるんです。自然がない限り、生産も行えなければ、人も暮らすことはできませんから。なので、自然資本の管理が最近、経営のテーマにもなってきています。

自然資本というのは、一言で言えば豊かな自然があるということなんです。都市を作るということは、逆にそれを切り開くということです。今まではどちらかというと、その大切な自然資本を潰してきたわけです。少し緑を残すケースもありますけれども、それは装飾的なものでしかなかった。しかも、その装飾的な美しい緑を残すために、農薬を使ったりとか、ものすごく負担をかけた管理をしてきたわけです。

自然資本には非常に多くの、そして大きな価値があります。わかりやすいもので言えば、それが安らぎの空間を作ります。緑の木陰があると、そこで一息ついたりということができるわけです。また、気温を緩和し、木に囲まれていると夏は涼しいですし、冬もそんなに寒くならない。そういう機能的はもっと積極的に活用した方がいいですよね。また現代社会はメンタルな疾病も多いわけですが、それも実は、緑に囲まれたり、園芸作業をしていたりするとそもそも病気にかかりにくくなったり、かかった人でも回復しやすいという研究結果が報告されています。そういう点でも注目されています。

最近もっとも注目されているのは、災害に対する防御機能です。日本でも都市部でゲリラ豪雨のような災害が増えていますよね。これに対処するためにもっと大きな人工的な施設を作るというやり方もありますが、すごくお金もかかるし、維持も大変です。そこで、人工的なインフラを使うよりも自然のインフラを使ったほうが、安上がりだし、持続可能ではないか、という考え方が出てきています。最近これは国際的には「ナチュラル・インフラストラクチャー」と、日本では「グリーン・インフラ」と呼んでいます。

ICF 2016に提起するアジェンダ – 日本が見落としている世界の新常識

Innovative City Forum 2016では、「あらためて持続可能性についてもっと考えるべき」、いくら技術的な進歩を考えても、それを実現する物理的な余裕が地球からなくなりつつある」ということを問題提起したいと思います。日本でまだこうしたことがあまり知られていないからです。

1つ例を挙げるますと、昨冬パリで気候変動枠組条約のCOP21があり、パリ協定という非常に歴史的な合意がなされました。ところが、日本のメディアはそれほど大きく取り上げなかったので、日本ではそれほど重大には受け止められていないと思います。

COP21での合意事項は、今も地球の気温が産業革命前に比べて1℃以上も上がっているのですが、これを何とか2℃以内におさめようというものです。2度を超えてしまったら、社会がほんとうに持続不可能になってしまうからなのですが、様々な立場の違いを乗り越えて世界が20年かけてようやく合意できたのです。しかも、気温上昇2℃以内にするためには、21世紀後半の早い時点では二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることが決まったのです。これは本当に画期的なことですが、その意味がきちんと日本では知らされなかったのです。当然それに対する反応も鈍くなってしまいます。

そんなこともあるので、ICF2016では、日本ではあまり知られていないこうした地球の現状を踏まえた上で、どう持続可能な都市を作るのかということを含めた議論をしたいと思います。

足立直樹

サステナブルビジネス・プロデューサー / 株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
東京大学・同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、独立。2006年に株式会社レスポンスアビリティを設立し現在に至る。2008年からは企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長も兼務。多くの先進企業に対して、持続可能な事業を指導してきた。環境経営学会 顧問、環境省、農林水産省等の関連委員も多く務める。