「火星の氷の家」を通じて見えてきた事 極限環境から導く未来社会の本質

登壇者インタビュー – メロディ・ヤーシャ

「火星の氷の家」を通じて見えてきた事
極限環境から導く未来社会の本質

「極限環境」から見えてくる生命の本質

私たちのチームは、居住地を地下に埋めることの多い、基本的な建築資材として表土を採用する火星居住地に対する代替的アプローチとして『火星の氷の家』を開発しました。私たちは火星表面上でISRU (現地資源利用技術) を活用できるであろう膨大な建築資材を詳しく検討した上で、氷の採掘こそが火星で人類を持続的に存在させるための不可欠かつ不可避なミッションであるとの結論を下しました。地下ではなく地上で生活を送るということに関して私たちが明確にしようと試みたのは、宇宙飛行士の概日リズムを維持するという面で、そして火星の地形の景色を見せることで幸福と自尊心という感覚を保証するという面で自然光が持つ決定的な重要性です。長期間の宇宙でのミッションでより広い生態学的環境とのつながりを形成することの決定的な重要性を明確にすることで、『火星の氷の家』は証拠に基づく人間工学デザインの基本方針を策定しています。

「極限」居住地の設計に必要とされるのは、根本的に人間の存在に適さない環境下において (単に生き残るのではなく) 生活するために最も基本的で不可欠な要求を満たす最重要な価値観に対する認識を選択することです。極限環境 (南極、深海、宇宙など) では、既存の環境的な制約や要件のもとで居住地内の空間経験にとって最も不可欠で決定的な指針を抽出することが設計者に要求されます。極限環境での建築は人間が生活を長期間にわたって生理的、心理的、情緒的に持続させるために不可欠とするものは何かを特定します。

* 透明な外側のETFE皮膜は3Dプリントされた氷殻が火星の大気へと昇華することを防ぎます。Space Exploration Architecture / SEArch+およびClouds Architecture Office提供。

火星から紐解くこれからのヒューマン・ライフスタイル

居住性に対する人間中心主義的かつ証拠に基づく設計アプローチが地球上に存在する建築類型をますます活気づけなければならないことに疑いの余地はありません。様々な利用者の集団が、日々のありふれた環境のデザインとして適用される人間工学の方針から利益を得ます。研究が幾度も実証していることは、環境デザインに向けた人間工学アプローチが教育施設、ヘルスケア施設、さらには収監施設といった建築類型内での対象者やスタッフの幸福、ストレス軽減、および安全性にとって根本的な意味合いをもつことです。

ですが近年出現している国際的「メガロポリス」や指数関数的に成長するネットワーク・シティについてさえ、あらゆる利用者と居住者が公的・私的空間の劇的な縮小を経験しているということもまた事実です。都市の拡張はインフラ開発や経済的機会の増進によって膨大な数の人々に対して大きな利益を提供する一方、環境と人間の両側面で長期的影響として考えられる見通しや予期せぬ問題を実証することが極めて重要だと私は感じます。とりわけ、建築構造物や製造業が完全に持続可能な活動、または「完全循環型」の活動を達成することをより一層目指して、大規模な改革を経験することが重要です。人間中心主義の視点からすると、地下社会に対する思索上の関心はメガロポリスの出現に対する多くの建築的回答の一つに過ぎません。それにともなう神経生理学的影響は必ずや更なる研究のテーマとなるに違いないのです。

* 『火星の氷の家』は放射線からクルーを保護する半透明の氷から3Dプリントされており、火星の夜で光を放つ灯台に変わります。Space Exploration Architecture / SEArch+およびClouds Architecture Office提供。

20年後に深化する私的住居と公的スペース、そしてその間を繋ぐもの

私はウェアラブル技術やそれの「スマートな」環境や応答性の環境との一体化が、私的住居と公共スペースの両方で驚異的に進歩すると考えます。迅速なプロトタイプ製造技術は、とりわけ3Dプリントの新たな進歩によって、日常的なユーザーにとってますます利用しやすくなるため、大量生産された商品に優位性のある代替品を提供する「草の根」地方企業が復興することを私たちは期待できると考えます。また私はコミュニティを創造・維持する取り組みのための新しいソーシャル・ツールが近い将来に重要な役割を担うとも考えます。マイクロ・アパートでの暮らしは人口密度の高い都市環境内での新しい標準的な状況となる中で、ソーシャルメディアは共有される公共スペースでの意義深い体験を発見・発展させる新しい方法を提供する予感がします。

* 断面図: その層の間に計画された空間をもつ二重の氷殻は着陸機居住区の周囲に3Dプリントされます。居住地と外殻の間にある垂直温室がクルーの庭を形成します。Space Exploration Architecture / SEArch+およびClouds Architecture Office提供。

Innovative City Forumで伝えたい事

『火星の氷の家』のような建築企画案は時に、コンセプトが未来の住まいとしては不確かであるとか、手が届かないとか、あまりに野心的であるとして却下されます。ですが、私が主張したいのは、特に『火星の氷の家』は、地球・地球圏外の両方での未来の暮らしに活気を与える鍵となるイデオロギー的な価値を具体化したものだということです。終わりに、この宇宙の到達可能限界を探索する宇宙旅行構想は、私たちが多くの制限に直面することになろうとも、必ずや存続させるべきだと私は考えています。科学の探求に加えて、人類移住についての開拓者精神もその理由です。

* 2つの氷殻の間にある落ち着いた庭園は火星環境の将来的な汚染を防ぐ緩衝部分としての役目を果たします。Space Exploration Architecture / SEArch+およびClouds Architecture Office提供。

メロディ・ヤーシャー

スペース・エクスプロレーション・アーキテクチャー建築家/プラット・インスティテュート助教
2015年、Clouds Architecture Office (Clouds AO) とSpace Exploration Architecture (SEArch) は宇宙科学のコンサルタントと火星探査へ向けた先駆的な建築プロポーザルを設計し、この「Mars Ice House」はNASAが主催する3Dプリントによる火星住居設計コンペティションで優勝。その設計チーム(クリスティーナ・チアルデューロ、ケルシー・レンツ、ジェフリー・モンテス、マイケル・モリス、オスタップ・ルダケビッチ、曽野正之、曽野祐子、メロディ・ヤーシャー)は現在、NASAラングレー研究所と共同で氷による火星住居の設計開発に携わっている。

ニューヨークに拠点を置く建築デザイナーであるメロディ・ヤーシャーは、同時に、これまで10年にも及ぶ学術的な宇宙研究を基に、宇宙探査で人間の手助けとなるコンセプトを考案し続けてきたデザイン集団、スペース・エクスプロレーション・アーキテクチャー(Space Exploration Architecture:SEArch)の一員でもある。工業デザインを出自とするヤーシャーは、火星移住モジュールの開発を行なうNASA主催の共同プロジェクトである人間主体デザインのためのNASA X-Hab(宇宙探査ハビタット:eXploration Habitat)イノベーション・チャレンジ(2016年)の一環として、プラット・インスティテュートにおいて工業デザインと建築のための合同スタジオの講師陣に加わっている。その傍ら、ヤーシャーは音響と変遷するイメージ体験を通じて芸術の普及を目指し、オーディオビジュアル芸術と建造環境の接点で活躍する実験的メディア集団、Sonic Platformsの共同設立者でもある。