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テクノロジーによる機能拡張は、倫理観を携えた議論と併行させる

伊藤穰一 / MITメディアラボ所長

伊藤穰一

プロフィール

伊藤穰一

伊藤穰一は、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ所長。MIT Media Arts and Science 実務教授。株式会社デジタルガレージ共同創業者で取締役。ソニー株式会社社外取締役。PureTech Health取締役会議長。The New York Times、Knight財団、MacArthur財団、FireFox 開発の Mozilla Foundationのボードメンバー。 金融庁参与。金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」委員。文部科学省「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」ガバニング委員会委員。慶応義塾大学SFC研究所主席所員。PSINet Japan、デジタルガレージ、Infoseek Japanなど多数のインターネット企業の創業に携わる他、エンジェル投資家としてもこれまでに、 Twitter, Wikia, Flickr, Kickstarter, Path, littleBits, Formlabs 等を初めとする有望ネットベンチャー企業を支援している。2008年米国Business Week誌にて「ネット上で最も影響力のある世界の25人」、2011年米国Foreign Policy誌にて「世界の思想家100人」、2011年、2012年共に日経ビジネス誌にて「次代を創る100人」に選出。

イノベーションにとって、境界を越えていくことは不可欠です。ICF2017では、アート・デザインとサイエンスの両分野が融合するかたちで「アート&サイエンス セッション」が行われます。アートやデザインの素養を持ったエンジニアの必要性、テクノロジーに精通するデザイナーの必要性をICF2016でも唱えた伊藤氏に、『人間の機能拡張、そしてデザインされた共生の世界』をテーマに据えた「アート&サイエンス セッション」で何が話し合われるのか、なぜ今このテーマに注目すべきなのか、インタビューしました。

今までタブー視されてきた「人間の機能拡張」にも踏み込むICF2017

「人間の機能拡張、そしてデザインされた共生の世界」では何を話すのでしょうか?

昨今、人工知能やロボットに非常に関心が高まっていますが、人工知能やロボットは将来的に人間を拡張するという考えと、人間と独立した存在になるという考えが昔から派閥のようにありました。僕はどちらかというと拡張派で、個人の拡張、社会の拡張といったように、人工知能やロボットで世界が発展していくと考えています。

一方で、先端的な研究が盛んな脳や義足といった医療分野の人と話すと、今まではどちらかというと、不具合や障がいを克服することを目標に掲げ、予算の確保や、研究発表をしていたけれども、実は彼らも身体の「拡張」をやりたいという本音があったりします。

そして、医療には健常な状態に戻す技術が集積しているわけですが、同じ技術で「拡張」もできてしまうということにも目を配るべきというのが僕の意見。なぜなら、倫理的な問題が起こるかもしれないし、その「拡張」によって新たな格差が社会に生まれるかもしれない。そして、人工知能で拡張された社会がどんなもので、どう生きていくのか、というのも重要な論点だと思っています。

例えば、今回のセッションに登壇してくれる義足のアーティストのヴィクトリア・モデスタ氏も、他の義足の人たちも、彼女らは実生活で義足を使っているけれど、自分たちのことを障がい者ではなく拡張機能のついた人間だと認識している。また、オリンピック選手よりも足が速い義足のランナーもいて、パラリンピックにおいて色々なニーズや意見が出てきたことで、今後のパラリンピックでは拡張を含めた競技というのも登場するのではないかと思います。

今までは拡張の話というのはどこかタブーだったところもありますが、そろそろちゃんと議論した方がいいと思い、今回の「人間の機能拡張、そしてデザインされた共生の世界」というテーマに至りました。

実際に、MITメディアラボでの伊藤氏の活動と関係ありますか?

実は、僕が2011年にラボに入って最初に決断したのが、ロボット義足の研究室に肉体とロボットをつなげるための義手サイエンティストの採用を承諾したこと。そこから5年以上の歳月を経て、ボストン病院の手術医とMITメディアラボが、下肢切断と義足装着の手術を同時に行なう共同研究ができるまでに進展し、義足と神経をつなぐロボット義足について研究発表できるようになりました。サイエンス・フィクションだった話が、すこしずつ形になってきました。

どこまで人工知能に思考や感覚を代理したいのかという新たな問い

アート&サイエンスセッション内では「機能拡張」と「感性拡張」の2つに分かれています。感性の拡張とは何を指すのでしょうか?

例えば、コンピューターのインターフェイス。僕らが今、スマホやPC画面を見ながら、自分が意識的にやっていることがインターフェイスだけれども、様々なセンサーや人工知能があると、自分が意識しなくても心拍数が上がったらこういう風にするとかは可能で、無意識というか人工知能が勝手に物事を進めることができます。

ここで重要なのは、人がどこまで自分で意識的に行動するのか、環境がどこまで勝手にやるのか、言い換えると、何を人工知能やロボットに代理させるのか、どう感性を拡張させるのかという点。

注目したいのは、国によってこの話題の方向性が異なるところ。例えば、アメリカのレストランだと、サイズはラージで、ドレッシングは少な目で、クルトンは倍に、といった感じで、事細かく注文をつけることが贅沢である一方、日本の場合、贅沢は何も考えないことで、客は何も考えなくても、レストランといった環境が意図を汲んで、きっとこうだろうと察して話してくれます。人工知能に求められるものが違ってきます。

また、自分の気持ちよさに従って行動できる人が一番自由だって言われているけど、その気持ちがどこから来ているかというと、体内の色々な化学成分もあるし、無意識のところもある。そして、現実的には、無意識や化学成分は外からいじることもできるのです。

例えば、僕の友人もホルモンを操作する薬を飲んでいるけど、チューニングすれば毎日性格を変え、自分が一番好きな性格に調整できる。彼はお気に入りの自分にログインして、やりたいことを全部やるというように過ごしています。その時、全部その人が決めるのか、家族がそこに参加するのか、社会が参加するのか、企業が参加するのかといった問いかけも大切です。

都市全体に視野を広げると今説明したバイオ以外に、照明や匂いなど実に様々なものが人の感性に関与するものとしてある。ただし、技術的に面白いけれど、倫理的にどうなのかということは考えたいですね。

そして、こういう文化的な背景に考慮することは、今後のインターフェイスの在り方、つまりは感性の拡張のさせ方にも深く関わってくるので重要だと思っています。

渋滞を荒立てない日本のドライバーのような共生的な感覚が変化する社会に必要

共生はなぜ必要でしょうか? 拡張だけではダメでしょうか?

今の社会は、どちらかと言うと、権力を持っている人に最適な社会に自然と進化しているように感じます。ただ、最近の環境問題を見てわかるのは、力がある人だけにひたすら良くすると、環境が滅びて、結果的に権利者本人たちも困るような状況に陥る。これは政治家と国民、企業とお客さんといった関係でも同じで、やはりシステムとしてうまく回らなくてはいけない。社会をシステムとしてとらえるとき、誰にとって良いのかという視点は欠かせません。

また、倫理という言い方もあるかもしれませんが、進化論的もしくは環境科学的に考えると、既存のシステムにないものがとても重要です。例えば、僕のよく知る都市開発事業者は建物の集合体とは捉えてなくて、サイエンス的なシステムとして捉え、都市の中に微生物とか色々なものを包含させ、どんどん複雑にしていくことを認めている。そうすると、人間一人ひとりが自分の周りの多様な存在に気づいて、彼らとの関係性が新たにデザインされていきます。昔の建築家みたいなトップダウンのデザイナーではなくて、パティシパントデザインと呼んでいるのだけど、参加している一人ひとりがある種デザイナーになってきているのが今のタウンマネジメントや都市計画ではないでしょうか。

社会システムを良くする上で具体的に必要なものは何でしょうか?

例えば、渋滞のとき日本人は渋滞に従うのが普通だけど、ボストンは真逆で勝手に割り込んだりクラクション鳴らしたりとみんなが渋滞を悪化させる。自分対渋滞のように自分の姿勢を強く持ちすぎるとシステム全体はうまくいかないし、この違いはやはり文化です。

その文化を変えるものは、実は、音楽やファッションだったり、個対個のコミュニケーションだったりで、それらの技術革新に合わせて、システムの構造も変化します。そして、バランスを保持し続ける自然環境が例証するように、環境負荷の少ないシステムを作ると、新しい技術が社会に登場し普及しても、自然に適応する方向になるし、それが健全な社会だと思います。

その際、先ほど説明した日本のドライバーみたいな倫理感で社会全体が動くと、自然な形でちゃんと回復して共生されてゆくし、アメリカみたいにみんなバトルしてしまうと危ないかなと思います。だから、拡張された社会を語る上で、倫理観や文化といった視点も取り入れて議論してみたいですね。

複雑なシステムと向き合う今、デザイナーではない人たちこそデザインを知るべき

今回のICFも協生農法や宇宙開発の専門家といった多様な方が参加されます。

宇宙に住む時にどんなことが起こるのかというシステムの理解は進んでいます。医療にしても農業にしてもすごいシステムを持っていますが、それぞれへの理解は進んでいます。今後前進させるべきは、複雑なシステムを管理する人同士が一緒になって、抽象的な議論で終わらせずに、どうやってデザインしていくのかというところです。また、各システムは実のところ全部つながっていると思うので、舞台が都市であろうと自然環境であろうと、複雑なシステムの「システム」を考えることも重要です。

この「複雑システムデザイン」に向き合う上で、人工知能やビッグデータといったものに代表されるように使えるツールは増えています。しかし、科学者とデザイナーが一緒になって、複雑なシステムをどうやって形にするのかをデザインシンキングするといったレベルにはまだ至っていません。境界を越えての議論はまだこれからだと感じています。だから、こういうオープンなカンファレンスで、自分がデザイナーだと思っていない人たちを集めて、アート・デザインそしてサイエンスの知見も必要なテーマをするというのもすごく意義深いと思っています。