^

専門家だけで閉じない、オープンな議論の場で東京の未来を描きたい

竹中平蔵 | 東洋大学教授 / 慶應義塾大学名誉教授 / 森記念財団都市戦略研究所所長 / アカデミーヒルズ理事長

竹中平蔵

プロフィール

竹中平蔵

ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。2006年より現職。博士(経済学)。

著書は、『経済古典は役に立つ』(光文社)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎)、『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)、『研究開発と設備投資の経済学』(サントリー学芸賞受賞、東洋経済新報社)など多数。

「20年後、私達はどのように生きるのか? 都市とライフスタイルの未来を描く」を掲げて始まったICFは、今年で5年目を迎えます。5年前に直感的に予期していたことが現実味を帯びる躍動の今、都市を語る文脈は複層化し、専門家たちが互いの知見を共有していくことが期待されています。登壇者と聴講者の垣根をなくしたいと語るプログラムコミッティーの竹中氏に、専門家だけでは解決できない都市の複雑さ、注目すべき海外都市動向、東京に訪れた変化と次なる課題についてインタビューしました。

経済とテクノロジー、アートの結節点にこそ都市やイノベーションがある

イノベーティブシティフォーラムという場の意義とは何でしょうか?

私たちが住んでいる地球社会全体の大きな流れとして、加速するグローバル経済、デジタルテクノロジーによる技術進歩、そして、より精神的価値の高いアートのようなものを求める時代性とが見て取れます。また、これらの結節点にこそ都市があり、イノベーションがあります。

例えば、グローバルな競争が厳しくなっていますが、実態は都市間競争と言えるでしょう。イノーべーションは様々な要素が結びついて初めて可能になるわけですから、多様な企業、多様な人が暮らし、結びつきやすい場所としての都市が重要なのです。よって、都市の成長はグローバリゼーションと共にあるとも言えます。

また、新たな技術進歩という点でも当然のことながら都市の重要性を再確認できます。2011年にドイツが初めてインダストリー4.0という言葉を使い、2012年位から米英両国でビッグデータの整備が始まり、それを前後する時期に人工知能のディープラーニングの領域で画期的な技術進歩がありました。このような技術の変遷を見ると、イノベーションがやはり都市で起こっていることが分かります。

そして、人々はより新しくより精神的満足度の高い付加価値を求めています。アートはその典型例ですが、そういう新しいライフスタイルを提供する場所とは結局のところ都市です。同時に、都市の魅力とはイノベーションと新しいライフスタイルの提供とも言えるわけです。

イノベーティブシティフォーラム(以下、ICF)は、15年ぐらい前からの新しい時代の流れを汲み取る形で2013年に始まりましたが、結果的にインダストリー4.0からの時代の流れと呼応しています。ICFでは、都市に焦点を当てながら、イノベーション、テクノロジー、そしてアートといった要素を絡め、総合的に新しい時代の方向をクリエイティブに議論してきました。直感的ではありながら時代の先を見据えて議論してきたわけですが、実際に先見性に優れる人と話しているときに、ICFを5年前に始めた意義深さを感じることは少なくありません。

ICFを成功させるために参加者全員が必要なこととは何か?

ICFの1つの考え方として、私がCCEと呼ぶ、クリティカルシンキング、クリエイティブシンキング、そしてエフェクティブコミュニケーションの3つを重視します。まず、分析的に考える重要性を謳うクリティカルシンキング。次に、創造的なマインドを重要視するクリエイティブシンキング。最後に、一部の専門家やアーティストだけで議論せず都市の多くの人に分かり易く伝えるエフェクティブコミュニケーション。このCCEが無ければ複雑な都市の未来を語ることはできません。だから5年目の今、改めてこのCCEという原点を確認したいなと思います。

また、時代に合わせたプログラム構成にしていますし、伊藤穰一氏のような最先端のキーマンから刺激を受けられるような場にしていますが、やはり都市を動かしていくのは、住む人、働く人です。同時に、専門家だけで解決できる問題もありませんし、都市は多くのステークホルダーとの合意に基づいて発展します。よって、彼らが刺激し合って、クリエイティブに手を動かしてもらわないといけない。したがって、誰もが意見交換を積極的にできる、昨年から始めたブレインストーミングセッションの重要性は大きいのです。そのセッションを通じて、各々に多様な発見を持ち帰ってもらい、頭を刺激するという意味の“Provoke”な場にしたいと思っています。

フィンテックが明かす、躍進するアジア都市と日本の差

急進する都市・シンガポールの金融政策とは? インドの潜在性とは?

都市には色んなタイプがあります。ニューヨーク、ロンドン、東京の総合型の都市もあれば、ヨーロッパのウィーンやミュンヘンとかの中規模の都市もあり、さらに香港、シンガポールのような都市国家的な都市もあります。今までは4つの巨大都市グループ-ロンドン、ニューヨーク、東京、パリ-が先行し、その次ぐらいにシンガポールは位置していましたが、その差は近づきつつあります。なぜなら、シンガポールは新しいことを仕掛け続けるからです。

その原動力について、ハーバードで同期だったこともあり、リー・シェンロン首相と直接話したことがあるのですが、シンガポールのような小さな国は常に最先端を走っていないとこけてしまうからすごく緊張感を持ってやっている、と。他方、日本には危機感がないため、未だにサイバーセキュリティが東京五輪時に大丈夫か、誰も答えを出してないですよね。翻って、そういう健全な危機感に根ざした都市というのはやはり強いというのが私の実感です。健全な危機感というのは非常に重要なキーワードだと思います。もちろん決して悲観する必要はないけれども、やはり健全な危機感を持たないといけません。

シンガポールのこの1年の成長は、レギュラトリーサンド・ボックスを作ったことに依拠します。要するに、砂場とは子供が自由に遊べる場所ですが、何が起きても問題ないから自由に試行錯誤してみなさいと政府がお墨付きを出しました。実は、これを最初に作ったのは英国のロンドンで、フィンテックで米国に負けないために、今までの規制・ルールを忘れて自由にやってみろとしました。そしたら、その数ヶ月後にシンガポールが続き、なんとシンガポールのレギュラトリー・サンドボックスで三菱東京UFJ銀行と日立製作所がブロックチェーンの実験を始めるまでに至りました。

実は、過去1年間安倍総理に申し上げてきたのですが、7月の成長戦略に日本もレギュラトリーサンド・ボックスを作るということが書き込まれ、ようやく日本でも始動します。その過程でシンガポールに行ったときにユニークだったのは、応対してくれたシンガポールの金融庁の局長や課長が2人ともジーパンとTシャツだったということです。

日本のフィンテックの進展の遅さと対照的に、インドにもシンガポール同様にすさまじいものがあります。デジタルのネットワークを使ったフィンテックをやろうと思うと、最後は個人認証、つまりマイナンバーの問題が立ちはだかります。日本では持っている人が12人に1人の、約1000万人です。インドはなんと12億のうち11億人が指紋まで含めて登録しているのです。

だから、インドでは10年後は自分たちが最先端にいると言っています。インドにインフォシスっていう有名な金融企業があり、そこにニルカニという優秀な人がいたのですが、インドはマイナンバー庁という専門役所を設けて、その初代総裁に彼を就任させました。日本にマイナンバー庁はありませんが、日本で言えば、マイナンバー庁の初代総裁に孫正義氏がなるようなものです。

観光都市としての東京の変化と次なる課題

この1年で東京が変わったこと、今後変わっていくべきことは何でしょうか?

この1年、圧倒的に変化したのは、インバウンド人口が増えたことでしょう。その要因は、為替が一時のように1ドル79円とかではなく円安になったことと、ビザの発給の自由化の2点。ご存じの通り、例えばタイとかフィリピンは一気に6割増えました。そういう意味では規制緩和と適切なマクロ経済は貢献しています。その結果、東京の姿は目に見えて変わりましたね。夜遅い時間帯に街を歩くと、外国人ばかりという風景が飛び込んできます。

一方、空港からのアクセスも、羽田空港の国際化によって間違いなく快適になっていますが、アクセスは都心と空港の距離だけではなく、空港からいくつの国内外の都市に行けるかが重要なのです。そういった意味では、東京はまだまだです。羽田と成田を合わせても国内外で100強ですが、その一方ロンドンのヒースロー空港の場合、300の都市に行けます。つまり、羽田・成田の両空港とも地政学的にまだハブになりきれてないということです。

ポイントは、ヒースロー空港は民間が運営するコンセッション方式を永く採用しているということです。関空が歴史的に伸びたのもコンセッションですし、去年の7月から仙台空港も東急グループによって変化し始めています。今まさに進行形の福岡などの7空港がコンセッションですから、全国的にじわじわと浸透しています。ただし、本丸はやはり羽田と成田。それらを民間が運営すれば、画期的な変化が訪れることになると思います。

一般的に、日本はホスピタリティーの国だと言われています。が、日本のホスピタリティーはすごく低いと私は思う。なぜなら、成田空港に到着した外国人の入国の列を見ていただければ分かりますが、わざわざ来てくれた人を1時間も待たせるとか、世界的にもこういう国は珍しいです。

ダボス会議のように、ブレストの“戸惑い”を楽しみながらも結論なき意見交換に参加してほしい

ICFに参加する上での心構えとは?

登壇者と聴講者がいるわけですが、本当はこの垣根を無くしたい。別の言葉にすると、全員が登壇者になってほしい、そう思っています。それを担うのがブレインストーミングで、今年は昨年以上にキーパーソン、リソースパーソンを増やすなどして充実させています。根本には、皆さんが主役になってほしいという想いがあり、2020年に向けて東京は何をやっていくか、あなたは何をやっていくのか、そういうことを問いかけるものにしたいですね。

当然、まだ不慣れなので戸惑いはあると思います。参加して、メモを取って帰って行く。基本的にそういう受験勉強と同じような形式化された会議に慣れている方が日本には多いでしょうから。ただし、その戸惑いを楽しむのがブレインストームセッションの真髄なのです。実はダボス会議も同じですけれども、あの会議でさえも結論を出すわけではなく、発想の転換につながるインスピレーションを得ようと、戸惑いを感じながら議論は進みます。参加者には是非、積極的に参加いただき、“テイクアウェイ”を何か見つけてほしいですね。